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踊るアダン、土盛ブルー、夕凪の浜辺、潮吹く大岩、入道雲にかかる虹…ため息が出るほど美しい奄美の写真の数々。写真家・別府亮の作品は、いつも美しさと共に新しい発見を与えてくれる。それは彼自身がカメラとなり、日常の中に存在する“ほんのちょっと感動する瞬間”をクローズアップさせているからだろう。
撮影した写真は、自身のHP「奄美大島探検マップ」に反映。毎日多くの人が来訪する、奄美人気サイトのひとつである。
今回、東京原宿のトラベルカフェ・BLISSで開催されていた写真展(10月末〜11月25日)のため上京したご本人にお話を伺った。


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別府亮という写真家
その美学とスタイル


 ――来年(2007年)のカレンダーを拝見しました。定番の卓上判と通常判に加えて、今回の大きなサイズのものは、迫力があってすごくいいですね!別称「フランスパン」は傑作だと思います。

別府: ありがとうございます。今回初めて作ったんですよ。今年は島で写真展を行って、その時に何かあった方がいいなって思って、試しに作ったんです。あれくらいの大きさだと、リビングではちょうど見栄えがいいんですよね。

 ――別府さんは子どもの頃からカメラがお好きだったのですか?

別府: 写真自体は小さい頃から嫌いじゃないというか、人よりは好きだったという程度ですかね。カメラをプレゼントにもらったということもなく、親のカメラを借りて撮ってました。小学校では吹奏楽部で、実は鹿児島県の代表にもなったんですよ。

 ――でもその道には行かなかったんですね?

別府: 中学ではバレー部、高校ではバスケをやってました。だから写真はずっと『写るんです』なんかで撮っていたんですけど、20歳の大学時代に大浜で泳いだときに、海に入るやサンゴの森で、熱帯魚もウヨウヨ!で、『写るんです』じゃ上手く撮れなかったこともあって、キャノンのオートボーイD-5を、財産はたいて買いました。あの頃の大浜はきれいだったんですよ。だから5メートル防水のヤツ。それが初めてです。でもそのカメラは2年後に大浜で殉職しました。蓋をちゃんと閉めてなかったんですね。海に入る前に波打ち際にポンって投げたら、ぱかんって開いてしまって。

 ――切ない出来事ですね…。

別府: その後は店に古い下取りのカメラがあったんで、それで遊んでいました。一眼レフを始めたのは23歳くらいです。大学を卒業するくらいの時期に、カメラ屋でバイトを始めたんですよ。でもカメラを売らなきゃいけないのにカメラの事が分からなくて。店の人に「買って使わないと分かんないよ」と言われて買ったのが最初です。フィルム式の一眼レフで、当時10万円ちょっとしました。そう考えると、今のデジカメは言わばフィルム付きですから、安いですよね。

 ――別府さんの写真はとにかく美しいですよね!その秘訣やご自身の写真に対する美学などがありましたら聞かせて欲しいのですが。

別府: そうですね…、時間をかけて撮れるようになったことですかね。以前は教師をしていたので、ずっと趣味で撮っていたんですけど、教師の傍らだと好きな時間に撮れないじゃないですか。決まった時間しか動けない、忙しいとそれもままならない。そこで思い切って、1年間は写真をじっくり撮ってみようと考えたんです。教師も臨時だったので、とにかくやってみようと。
それから時間をかけて撮れるようになって。例えば昼から出かけて、同じ場所に5、6時間。風景の移り変わりを見ながら、ただ写真を撮る事が出来る。時間をかけたらかけただけ、見えるものが撮れる。自分の場合は皆の身近にあるもの、普段そこにあるものが題材となっているので、時間をかけ、視線を変えることによって、ちょっとした風景や通り過ぎがちの風景にスポットを当てることができるんだと思います。

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