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黄金のシマ唄、登場



 ――今回のレコーディングの様子などを聞かせてください。

ヨシダ: 太鼓とシタールと朝崎さんで、せーので録って、後から多少の装飾を入れました。だから録音はすぐ終わりました。

朝崎: あっという間に。皆さんには、これだけの楽器でシマ唄をやるんですから、それはそれは時間が掛かかったでしょうと言われるんです。でも、あっという間でした。

朝崎郁恵、ヨシダダイキチレコーディング風景ヨシダ: 曲の中で朝崎さんの比重を大きくする。そこだけは常に揺るがないようにしています。それから今回はメンバーが良かったんですね。ガムランの人も僕と一緒で、伝統を重んじる方だったんです。例えば師匠ができてそれにまた師匠がいるって分かると、そこに繋がりができる。つまり自分も伝統の一部分になるんです。師匠がいるって事は多分、この世の中でとても大事な事なんでしょうね。客観的に伝統を捉える方では、博物館で見るようにしか感じられないと思うんですよ。

ヨシダダイキチほかメンバーレコーディング風景 ――確かにその通りだと思います。ところで朝崎さんにも師匠がいて、現在はご自身が師匠の身ですよね?

朝崎: 昔は子どもがシマ唄を歌うってことは、あんまりなかったんです。シマ唄は年寄りが唄うものだって、子どもや若い人は唄わなかったんです。その中で私が唄っていたんで、珍しがられていたんですね。私の家がそういう環境だったんです。ですから、私の最初の師匠は父なんです。おかげで私もこういう道に入ったんですね。その後は師匠がついて、一緒に唄って集落を廻りました。その師匠は優しくてねぇ、あんまり厳しいことは言わなかったんですよ。でも父は厳しくてねぇ…。私はその両方の師匠に挟まれて、今思うと英才教育だったんじゃないかって(笑)。とても素敵な師匠で、今奄美にこれだけの唄が残ってるのは、その師匠のおかげといっても過言ではありませんね。現在唄ってる唄者の皆さんは、ずいぶん師匠の影響を受けてると思いますよ。その師匠の一番弟子だったってことは、今でも光栄です。今度は私が師匠を見習って、色んな事を伝え残していかねばって思っています。

 ――さて、今回のジャケットについて、エピソードなどはありますか?

朝崎郁恵×ヨシダダイキチ『はまさき』朝崎: これね(指して)、かっこいいよ〜!

ヨシダ: ジャケットは最初、金にすればいいんじゃないかって(笑)。ずぅっと金にしたいって言ったら、レーベルが頑張ってくれました。波を模した模様も独特でいいですね、満足しています。金は深みがあるし、華やかにしたかったんです。
実は(朝崎さんと)接する中で、僕にとってシマ唄が分かりかけたヒントがあったんです。リズムなんですよ!ある時、朝崎さんが唄いながら机を叩いていて…。

朝崎: ヨシダさん、良く見てますねぇ!

ヨシダ: それを録音してて後で聞いたんですよ。そうしたら朝崎さんは、自分のリズムで唄ってる事を発見したんです。ならば、リズムをしっかり合せれば朝崎さんは自由に唄えるんじゃないかって思ったんです。それが分かったら、シマ唄のもっと華やかな部分を強調したいなあって、盆踊りのような、皆の為にある唄なんだということを強調した演出にした方がいいんじゃないかなあって、思うようになったんです。

 ――1ヶ月前に出た朝崎さんの『シマユムタ』でも、ジャケットに金が使用されています。ここに類似性を感じるのですが、ウォン・ウィンツァン氏と2人で制作された、という内容的には逆の方向を感じます。これは面白いアプローチですね。

ヨシダ: それらは混じっていけばいいと思っています。今は僕が提示している物と、今までの朝崎さんのモノが分かれてるように見えるかもしれませんけど…。とりあえず幅を広げていければ良いんです。僕の方はいたって単純なリズムと構成で、ほとんど朝崎さんの出すグルーヴにまかせていますから。そうするとああいうのが自動的に出来た、という事です。そしてここにめでたく発表!…という感じが出ればいいんです。安っぽくなく、深みがある感じで…。

 ――朝崎さんは今作を最初に聴いたとき、どう感じましたか。

朝崎: ああ、こういう風になったんだって。イメージは違うねえ。ああ唄ってたのが、こうなったんだって。最初の出だしとかはびっくりしました。皆も聞いたらね、あれ、これはどういう音楽なんだろうって思うでしょうね。


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