シマ唄に博学な三味線奏者・タナカアツシと、アフリカ仕込の太鼓奏者・奈良大介の2人組みユニット『マブリ』。奄美大島を代表する加計呂麻島出身の唄者・朝崎郁恵に師事し、伴奏者として腕を磨いていた彼らが、師匠の伴奏とは別に2001年より活動を開始したシマ唄ユニットだ。
現在は、単独で奄美のトラディショナルなシマ唄を基本に、八月踊り唄や新民謡など、数々のアレンジを施したシマ唄で活動をしている。
今年11月末には、2年連続で奄美大島公演を行ない、それにあわせるように新作CD『島想(シマウムイ)』を発表。通算4作目となる新作は、たった2人で演奏、録音、デザインまでこなした力作となっている。
今回は、そのマブリのホームである五反田「結ま〜る」でのライブ前に、今までの活動や新作についての話を伺った。
タ : タナカアツシ(唄、三味線、ギター)
ナ : 奈良大介(唄、三味線、ジャンベ)
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―先ずは、お二人の出会いからお聞かせください。
ナ: 朝崎(郁恵)先生の伴奏が切っ掛けでしたね。
タ: 99年4月の「結ま〜る」だった。朝崎先生から「私の伴奏してみない」って声を掛けられたんだよね。
ナ: すっかり忘れていた話ですね。
タ: 奈良さんはそれまでに先生の伴奏を数回やっていたんですけど、ワタシは初めてだったんです。
奈良さんとはスタジオで初めて会いました。丁度アフリカ帰りで、ドレッドヘアですごかったーっ。
「何でこの人がシマ唄やるのっ?」て、第一印象はびっくりでしたね。
―奈良さんはそれより前から、朝崎さんの伴奏をされていたんですね。
ナ: 先生がキューバに行って、向こうのパーカッションとセッションしたら楽しかったっていう事で。帰って来て、そういう人を探していたんだよね。僕の同級生に朝崎さんの知り合いがいて紹介されました。
―もちろん二人とも、シマ唄に通じているから声が掛かったのですよね?
ナ: いやぁ、全然知らないですよ。それが初めてですよ。やっていく内に「お囃子やったら」、「唄を覚えたら」って言われ・・・。
タ: それが、ある日突然、先生が体調を崩されて、ライブが中止になるかもって事があったんですよ。こればかりは仕方ないなぁって言ってたら、「2人でやりなさい、アンタ達はもう出来るから」って先生に言われて。それが、2人で始めたきっかけですね。
―タナカさんは奄美三世(祖父が奄美出身)ですから、それこそシマ唄は子守唄がわりに聴いて育ったくらいじゃないんですか?
タ: イヤイヤ、覚える気がなかったですから。爺さんのシマ唄は子どもの頃から聞いていましたけど、島口(島の方言)も分からないし。実は三味線を始めるきっかけは、爺さんが亡くなった事なんです。うちの爺さんは東京で島の仲間を集めて「うたあしび(唄遊び)」を週に6日やってました。調子に乗ってくると家の中で八月踊りも飛び出すという強烈な宴会が毎日のように行われていたんです。
だから、うちの爺さんは変わり者だと思っていたんですよ。それまでは奄美の風習も知らないから、爺さんが編み出した遊びだと思っていたんです。
―へぇー。
タ: 普通に、洋楽に興味を持ってギターとか始めてますからね。ですから、シマ唄は全く知らなかったんですよ。
ナ: それで、僕は毎週水曜日に、タナカさん家に練習をしに行くようになったんです。そこで曲をいっぱい増やしていきました。
それこそ「結ま〜る」で、下手にもかかわらずレギュラーで使ってもらえたからですね。
タ: 「あんたら面白いからやりなさいよ」って、ママのきっぷのよさに後押しされました。01年の事ですから、一番古いホームグラウンドですね。
―さて、そんな降って涌いたようなマブリのデビューでしたが、今では年に1枚のペースでCDを発表する程になりましたね。
タ: ワタシと奈良さんとは、シマ唄に対する捉え方は完全に一致しないと思うんだけど。ワタシは、島んちゅはみんなシマ唄の凄腕ばかりだと思っていたんです。正統派の唄者と勝負しようというのは土台無理な話だと。
だから自分は、東京者のミュージシャンの端くれとして、自分なりの捉え方で演奏すればいいと、開き直りみたいなモノが生まれたんです。
八月踊り唄みたいに伴奏がなくてもいい曲がいっぱいあることに気づいて、じゃあオレはギターが弾けるから、ギターでアレンジしようと。すると「ブルースっぽくなった」、「レゲエっぽくなった」となり、すごく面白くって!
お客さんも喜んでくれて。そういう心構えでやっていますから「オレの喉を聴いてくれ」っていうのは、これっぽっちもないんです。
ナ: オレもないよ!そういうのは(笑)。オレの場合は歌詞に魅かれてますね。内容も教訓歌を始め、メッセージ性が強いですしね。それを、音楽を通して下の世代に伝えたいと思います。これがなくなっちゃったらまずいかなって感じですね。

―さて、話を新作『シマウムイ』に移したいと思います。前作『あしなれ』から今作への流れを聞かせてください。タ: 『あしなれ』は島に(ライブで)行くから、CDがあった方がいいだろうってことで作ったんです。朝崎先生の伴奏者として行く事はあっても、マブリとして行くのは去年が初めてだったんで、ドキドキでしたね。
ナ:
doki doki(喜界島在住のデュオ)も一緒でしたね(笑)。喜界島関連のイベントだったね。
タ: 喜界島の牧岡奈美ちゃんとdoki dokiと、ワタシが喜界島3世という事で、(前山)真吾くんの初CD発売と併せて、島の人がイベントに仕立ててくれました。
で、そもそもCDを作るというのも「オレ達の唄を聴いてくれ」というより、ライブをやっていると「CDは無いのか」とか「あの曲は良いね」なんてよく言われるんで、音源はあった方がいいなって。それで、今まで記録用に取りためたライブ音源の中から、鑑賞に耐えうるものを集めたのが1枚目のCDでした。前作はスタジオ録音の2枚目のリミックスにスタジオライブを足しました。今回は完全に2人だけで制作しました。まあ、印刷は印刷屋にお願いしましたけど(笑)。
―という事は今作も島行きに合わせて・・・?
タ: これも島に行くから、じゃあ新しいCDがあった方がいいねって。あれから新しいレパートリーも増えましたから。
去年と同じCDを持って行ったら、1年間何してたんだって話になっちゃう。
ナ: でもそのためにアレンジを考えたりして、面白かったよね。曲がすごく増えた。
タ: 以前はエンジニアをお願いしていたんですけど、気を使うじゃないですか。ですから今回はアレンジも2人で考え、デザインも2人でと、完全に2人で作りました。
―タナカさんのブログでも、CD制作の経過やエピソードなどが載っていて、とても面白いですよね。
タ: 「あしなれ」を作っているときはギターからノイズが出てね。アース(ノイズの原因となる電流を他に逃がす)が必要だったんで、愛媛から遊びに来ていた”がじゅまる”の2人に「悪いけどオレの肩に手を当てていてくれないか?」ってアースの役目をしてもらいました。スペシャルサンクスでしたね(笑)。
―今作のエピソードといえば・・・。
タ: いやあ、ひたすら楽しかったよね。この曲はロックっぽくやろうって、スタジオからギターやベースを借りてきたりして。本当はアコギとジャンベのバージョンの曲だったのに、もう少し面白くならないかなあって・・・。奈良さんはドラムを叩いたよね。
ナ: だから、自分たちとしてはすごく満足してる。実験的なことも含めて、色々面白いことが出来ましたから。
―やはり、そこが聴きどころで?
ナ: それもあるけど、あえて言えば「朝花」のね・・・。
タ: 歌詞を自分たちで作ってみたんですよ。「朝花」は本来、挨拶や世間話をやりとりする唄じゃないですか。
それがいつしか先人達の歌詞のストックの中から選ぶという事に変わりつつあるでしょ。いくつもの歌詞の中から、その場に応じたものを引き出して歌うという。
ナ: 教科書のようにね。
タ: そこで、今回我々は「自分たちが思うことを島口にして歌おう」ということにしてみたんですね。
ナ: 朝崎先生に添削してもらいました。そうしたら、「あんたらすごいよ!ナダガバでるよ」って。
―えっ?
ナ: 「いいよ、涙が出るよ」って意味です。ライブでもお客さんから、拍手をもらいました!
―もうひとつ、マブリの印象として、シマ唄に関して博学ですよね。
ナ: 僕は完全に聞きかじりです(笑)。
タ: 解説しないと唄が分からないじゃないですか、東京でやる場合は。島のお年寄りばかりじゃないから説明が要るんですよ。ワタシは調べる事が好きですから。それに南の音楽って共通してますよね。「言語こそ違えど共通のものがある」というのは、逆に奈良さんから教わりました。
ナ: だから、見事にそういう点でかみ合ったのかな。
タ: 今までは先生が全部話して、僕らは後ろで「はあ、なるほど」って聞いてたんだけど、2人でライブをするとなったらそうはいかない。図書館で「奄美」と名の付くものは、ほぼ全部借りたし、爺さんが持っていた書物やテープ、そして爺さん家の稽古のときのテープがたくさんあって。
ナ: タナカさん、それさあ、カセット2本にまとめてもらったじゃん。入門編とマニアック編だったね(笑)。
タ: そのカセットに会話とかまで入っていて、随分役に立ったよね。
ナ: 何気ない会話の中に、解説が入ってたりしてね・・・随分勉強したよね。
―それは貴重な代物ですね。では、シマ唄の魅力ってなんでしょうか?
タ: それがねえ、分からないんですよ。
直接の切っ掛けは祖父の死なんですけど、葬式でお弟子さん達が「行きゅんにゃ加那」を歌ったんですよ。その時に、始めて意識して聞いたんです。もう、涙が蛇口から出るように出てきましたね。魂が震えるというか、それまでのワタシにとってのシマ唄は、六調とその他の歌ですから。
実はそのちょっと前に、ブルースにハマっていたんですよ。で、B・B・キングに行き着いた。同じようなギターを買って毎晩コピーしていたんですけど、どうみてもこの人には適わないなと感じたんです。オレには彼のような背景もないし、ルーツもないと。そんな矢先の出来事ですから、「ああ、これだ、オレのルーツは!」と思ったんですよ。ブルース以上に魂を揺さぶられました。
(次のページへ続く)
