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前山真吾インタビュー
今最も注目を浴びている奄美大島在住の若き唄者(うたしゃ)の一人・前山真吾。
彼は2005年椿山荘で行われた、記念すべき『第一回・奄美まるごといも〜れ祭り』のトップバッターを務めてもらったこともあり、我々にとって思い出深い人物。
4月13日(日)には、新宿で行われる奄美のアーティストが集結する一大イベント「夜ネヤ、島ンチュ、リスペクチュ!!」への出演が控えているなど、島外での活動も盛んに行っている。
当日は、新宿の奄美料理専門店「まれまれ」でのシマ唄ライブ直前の慌しい中でのインタビューとなったが、制限時間をフルに使い、たくさんのお話を聞かせてもらった。


自分たちが唄えるのは”うやふじ(祖先)”のおかげ―
昔から代々受け継がれ、唄われてきたからこそ、この唄が唄えるんだよ、と―

前山真吾―こんにちは。今回は久しぶりの東京ではないですか?
真吾:いえ、実は今年の2月に熊谷の物産展に呼ばれていまして、それ以来なんです。その前となると、同じく昨年の「まれまれ」開店ライブですから、6月以来ですね。

―我々とは、「第一回・奄美まるごといも〜れ祭り」からのお付き合いということで、こうしてお話を聞ける機会を心待ちにしていました。
真吾:懐かしいですねー。ただただシマ唄が好きで、たくさんの唄や歌詞を覚えて唄あしびをしたいというのは、あの頃から変わらず同じ気持ちですね。
でも、自分の唄はまだまだ荒削りだと思っています。

―真吾さんは一昨年に初のアルバムも発表されましたね。こちらはいかがですか?
真吾:自分の唄を作品にするという事で、改めて聴き直してみると、実際に生で唄う唄とは違うと思うんですけれど、自分が思っている以上に「青いな」と感じました(笑)。作品になるという事で、嬉しいというより「ああ、まだまだだな」と、へこみましたよ。
でも、これを通して自分の唄を聴いてくれる人が増えたということは、ありがたい事です。自分の唄と、島の唄が広がるきっかけになれば良いと思っています。

―シマ唄の人気は年々広がりを見せているような気がします。こういう状況を、どう感じていますか。
真吾:唄に対しては色んな考え方があると思います。
今って、朝崎郁恵さん、RIKKIさん、里アンナさん、(元)ちとせさんや、(中)孝介兄などを通して、かなり広まったと思うんです。
そして、それと同時にたくさんの考え方が出てきた。「これを機に新しい試みをしてみよう」という人もいれば、「いやいや、昔からの伝統を守ってこそのシマ唄だよ」という人もいる。
奄美の唄の存在意義は人それぞれですけど、注目してほしいのは、奄美は古典を大事にして残そうとしてきた点です。
「自分たちが唄えるのは”うやふじ(祖先)”のおかげ」とは、僕が先生や先人の唄者からよく言われてきた言葉です。昔から代々受け継がれ、唄われてきたからこそ、この唄が唄えるんだよ、と。
その時代によって唄の形は若干変わってきているかもしれないけど、昔からの唄が伝えられてきているのは、奄美の人たちに、伝承しようという気持ちがあるからだと思います。
だから僕としては、この時代だからこそ「失われつつある昔の唄を残さんばいかんやー」ちば思います。
だからといって、新しい試みをする人だって間違ってはいないと思います。難しいのは、偏った考え方にならないようにすることです。どちらも「島の唄を広めたい」という思いは共通ですから。

―では、今後の目標は?

真吾:消えていった唄はたくさんあるし、民謡大会には出ないけどすばらしい唄者ってたくさんいるんですよ。
僕としてはあまり知られていない唄を発掘して、世に出てきていない歌詞などを次の時代に伝えていきたいと考えています。
終わりのない目標ですね(笑)。
「シマ唄に終わりはない」って、師匠にはさんざん言われてるんです。

 

うまくなりたい、うまく聴かせたいって、そればっかりだったんです
でも、だんだん勉強していって、今まで見えなかった奥深い部分が少しづつ分かってくるようになりました

 

奄美料理まれまれライブ―真吾さんのように奄美と東京を行ったり来たりで活動する唄者の場合、人とのふれあいのなかで新しい発見も多いのではないでしょうか?
真吾:東京にも、島んちゅや東京の人たちがこんなにも頑張って唄っているんだと、驚きとともに感動することがあります。
東京に来て唄ってる人もいれば、島で唄ってる人もいる。
僕は、やっぱり島で唄うことが一番楽しいですね。
もちろん島以外のイベントは、すっごく盛り上がります。ステージには、唄が好きで、シマ唄を広めたいという思いが強い者たちが集まります。そして、それを見ているお客さんも刺激を受ける。
その気持ちが一つになったときの力って本当に凄いんですよ。

―島での唄あしび※1と東京など島以外でやる唄あしびで違いがあったりしますか?
真吾:それは絶対ありますね。
外から島を見たときと、島にいるときの「やっぱり島はいいね」と思う感情は違います。
それは(唄あしびの)歌詞にも反映されてきますね。
もちろん、個人の感受性でも捉えかたは変わりますが、島と都会では生活環境は大分違います。そんな内地で唄うからこそ「あー、懐かしいなぁ、帰りたいなぁ」って思う気持ちが、島にいるときには出てこないような歌詞で自然と湧いてきたりします。


―それがまた懐かしかったりするんですね。

真吾:そんな島に対する思いが湧いたときって、いい空気感が出るというか、いい唄が出るんですよ。
それは、「いい唄を唄おう」と思っていないからなんですよね。「懐かしゃ※2」が出たり、バカやってる姿がそのまま出るんですよ。昔の人なんかは、そんな感じで自然にやってたんでしょうね。自分が習いたての時は、うまくなりたい、うまく聴かせたいって、そればっかりだったんです。でも、だんだん勉強していって、今まで見えなかった奥深い部分が少しづつ分かってくるようになりました。


―その”見えなかった部分”とは?
真吾:例えば、ばあちゃんたちに「子供の頃は何して遊んだの?」って聞くと、今と全く違うじゃないですか。いい意味で、何もない時代ですから。何もないからこそ、色々なことを学びながら、自分たちで楽しみを創りだしていったんだと思います。
そんな、じいちゃん、ばあちゃんに唄を聴いてもらうと、
「うがしがり、だっかつけて唄わんでいっちゃっと」(訳:「そこまで、かしこまって唄わなくてもいいよ」)って言われるんですよ。
「じょうずやぁー」と言われる唄者は多いけれど、「懐かしゃ」とは違うんですよね。

それが、昔からの唄者の唄を聴くと、言葉が出ないといった感じで、何も言わずに、ただただ唸るだけです。「懐かしゃ」なんですよね。
じゃあ、その「懐かしゃ」ってなんだろうって思い悩んだ時、うまく唄おうとしないってことに気がついたんですよ。自分が感動したことを素直に唄ったり、焼酎を飲みながら、会話感覚で唄ってたり。むちゃくちゃ味があって、なぜかグッとくる。これが、「懐かしゃじゃやー」って思いますね。
歌詞の内容も、今までの経験や生きていく上で大切なことを唄われると、今の僕みたいな薄っぺらい人生じゃ味は出せないなぁ、なんて思います(笑)。

 

【注釈】
※1 唄あしび=「あしび」とは「遊び」のこと。奄美で古くから行われている習慣で、宴会の席や砂浜などに集まり即興で唄を掛け合う「唄の遊び」のこと。


※2 懐かしゃ=「なちかしゃ」、「なてぃかしゃ」、「なつかしゃ」などという
単に過去を思い出し感慨にふけるのではなく、そこに心の琴線に触れる、愛しさや悲しさなどの入り組んだ複雑な情景を表す島の言葉。大和の影響を受けた「懐かしい」という意味で用いられることもある。
何かを見て感動したときや、好きな人を思って切なくなる感情は、「なぐるしゃ」、「なぐるしい」といい、「なちかしゃ」とは区別されて使われている。

 

(次ページへつづく)

 

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