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琉球支配

奄美の按司は有力になると、やはり歴史の常として強大な国へ入貢する事になる。沖縄の歴史書には、1266年に三山時代の沖縄本島で勢力を争っていた中山王英祖へ入貢したとある。また、沖永良部島と与論島は北山に服属した。しかし、内乱が続く沖縄に奄美北部までを支配する力は無く、徳之島以北の按司はもっぱら沖縄へ貢物を贈り、各地の支配を承認されていた。この時代多くの城が築かれ、それらは対琉球とも言われ、外部からの圧迫があった事が伺われる。1429年以降に尚巴志が沖縄本島を統一し、琉球王国が成立すると沖永良部島以南は支配下に入り、残った地域も琉球の被支配地域として見られるようになる。尚氏の王統は安定せず、やがて金丸のクーデターで転覆するが、金丸の作った第二尚氏王朝第4代の尚清王は、1537年に奄美全域支配を目的として侵攻したが不完全に終わり、5代目の尚元王が1571年の侵攻で圧勝し、全域が琉球の支配下に入った。
伝説によるが、奄美大島において琉球軍の侵攻により、3つの城(グスク)と4つの集落が、激しく抵抗し落城もしくは全滅したと言われる。

「那覇世(なはんゆ)」とも呼ぶ。


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