■榊原洋史 【アサギマダラの見た夢】
―回想録、奄美・沖縄への思いと軌跡―
vol.1 アサギマダラの見た夢
■海を渡るチョウ
大島かち向こて 飛びゆる綾はびぇら まてよ綾はびぇら いやりたぬま
(奄美大島へ向かって飛ぶ美しい蝶よ 待っておくれ あなたに伝言を頼みたいから)
わが親きゃ見れば 泣ちゅて暮らしゅんち かたてくれれ 綾はびぇら
(私の親を見かけたならば 毎日泣いて暮らしていると 語っておくれ 美しい蝶よ)
この歌は、私が25歳から4年間を過ごした徳之島で歌われている「まんこい節」の一節である。この歌を口ずさむと、朱に染まる夕暮れ時の島の海が、ふと目に浮かぶ。
水平線上に、遠くの連山のように描かれている島影。
そんな海岸に独りたたずむとき、夢幻のように脳裏をかすめるのが、蝶の島渡りである。幾万もの蝶が群れとなって島から島へと海を渡っていく。
話に聞くだけで実際に目撃したことはないが、その景色は、もう確かなものとして心に住み着いてしまっている。
■日本列島を描く旅
ある日の新聞に、渥美半島から印を付けて放したアサギマダラが、奄美大島で捕獲されたという記事が載っていた。久しぶりに見る「奄美」の文字に懐かしさを覚えるとともに、また、あの景色が鮮やかに甦ってきた。
アサギマダラは、長距離の渡りをする蝶として知られている。秋になると本土から南西諸島へ向かって千キロ以上の旅をするのである。初夏には、その逆コースをたどる。
途中、海峡を渡るときには、通りがかりの船に羽を休めたり、ときには片羽だけ立て、帆舟のように海面へ身を横たえたりするという。 どうしてそんな大旅行をするのか、またどのようにして方向を定めるのかは、まだはっきりとはわかっていないらしい。今のところ地磁気に導かれているのではないかとされている。
だが、この仲間で北米に住むオオカバマダラは、メキシコやヨーロッパへの三千キロの旅の過程で、自ら見知っているわけでもないのに、いつも同じ場所の同じ木にとまるという。このような学習によらない記憶は、いつ蝶の身体に仕組まれるのだろうか。さらに想像の翼を広げるために付け加えるならば、日本列島の太平洋岸から南西諸島にかけて行き来するアサギマダラの道は、同時に沖縄や奄美でタンカーもしくはターなどと呼び親しまれているサシバ(小型の鷹)の道であり、原日本人と、その文化がやってきたとされる黒潮の道でもある。
■たましいとしてのチョウ
ギリシャ語で蝶のことをプシュケーといい、人の霊魂の呼び名でもある。
また日本でも古来から、魂の表れとされてきた。
例えば、しばしのまどろみの間にも、魂は身体から抜け出して、愛しい人のもとへ羽ばたいて行くとされる。そして、客間の竹すだれにとまる。それを見る人も、その意を感じ大切に扱った。
なでしこに蝶々白し 誰の魂 正岡子規
奄美でも心情は、同じである。夕飯どきにハビェラ(蝶)が、ひらひらと家の中に舞い込む。すると、誰かが声を上げる。
「ジュー(祖父)が、ござった」
父が晩酌の焼酎のコップをかかげる。サンシン(蛇皮線)をつま弾く。
ハビェラは、その音に合わせるかのように、ゆらりひらりと舞うかのように…。
先にあげた島唄の背景にも、こうした民俗的心象風景が潜んでいる。
他島で働く(あるいは嫁入りした)つらさと、故郷への思いを歌ったものであろう。その思いを携えて、蝶は海を越え、島へ渡る。
また、島では、<モノ知らせ>を大切にする。家の中に鳥や蝶またはヘビなどが入ってきたり、病気やけが、気掛かりな夢を見たりすると、ユタ(巫者)のところへ、その意味を判じてもらいに行く。
<モノ知らせ>は、民俗であるが、それを形づくり支えているのは、かなたからの見えないまなざし、聞こえない語り声に耳を傾けようとする島の人たちの自然調和的な生き方と繊細な感受性である。
■こころのニライカナイ
蝶という一本のチョークが描き出す日常のなにげない風景から、壮大な自然のメカニズムと、人間の霊魂感・精神文化との不思議な関係が読み取れる。
私は、海を渡る蝶「アサギマダラ」に、黒潮の先の奄美・沖縄を見る。そして、それは、ただ青春時代を過ごしたという懐かしさだけでなく、あらゆるものの来たところ、還っていくところであるニライカナイを見るに等しい。
さらにいえば、これは、たんなる私だけの個人的な感傷でもないような気がしてならないのだ。
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