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■榊原洋史 【アサギマダラの見た夢】


―回想録、奄美・沖縄への思いと軌跡―


vol.6 まぼろしのシマをめざして-II

■還らざる旅立ち

 「とことんまでミコとつきあう」苦しみの中から、夫妻が、やっと拾い上げた答えがこれだった。
 ミコは、いずれ最期のときを迎える。それが定めなら、残りの一息を吐き出すまで一緒にいようと心を決めた。そして、都市生活のすべてを投げ出し、南へ行こうということになった。
 だが、その時点で深刻な問題に突きあたった。
 これでミコとのかかわり方は、それぞれ覚悟ができたのであるが、では、ふたりの間のつながりはどうなのかということである。今まで、ほとんど考えたこともないテーマであった。また、普通の夫婦関係にあっては、その必要もなかった。
 しかし、同行(どうぎょう)者として俗世を捨て、一蓮托生の道行(みちゆき)を開始するに当たっては、重大な問題となった。
 べつに宗教的な観点からではない。ミコがこの世を去って夫婦だけになったとき、以前のような生活に戻れるだろうかという思いが、ふたりの脳裏を横切ったのである。
 明日が来ることを約束されないミコちゃんの病気を契機として、なりゆきのままに夫婦でいることの不確かさを感じ、あらためてお互いの顔を見つめあったのだ。
 「ふたりの間の絆も、ミコとの関係と等しいもののなければならない。」
 それからというもの、ふたりは夜の街で徹底して遊んだ。真剣に浮気(?)をしまくったのである。そして、そのむなしさの果てに、やはりお互いに「この人しかいない」という確信を得たという。
 出帆の日、一家そろって髪をおろした。もう還ることのない、これまでの生活に別れを告げるための儀式であった。とくに出家をしたわけでもないので、あとは伸びるに任せていた。だから、徳之島に寄港したときには、夫人もイガグリ頭になっていて、私を一瞬ギョッとさせたのである。
 ふと気がついて、窓の外に眼をやると、満天の星空が広がっていた。水平線近くの海上には、点々と釣り船の漁火が揺れている。ずっしりと重い話ながら、その語り口は淡々としたものだった。かたわらでミコちゃんも、ぐっすりと寝入ってしまっているその寝顔を見ながら、W氏は、
 「この子が息をひきとっても、私たちは、笑って送り出してやることができるでしょう。でも、いつか女房が、私より先に死ぬようなことがあったら……たぶん生きてはいられないでしょうね」
 と、つぶやくように語る。夫人も笑顔のまま、軽くうなずく。私もそうだということなのだろう。
 私はこのとき、一生の宿題を手渡されたように感じた。いや、ミコちゃんと顔を合わせたときからうでに背負わされたはずである。夫妻もまた、数十倍もの量を同じように課せられ、その答案を書いている途中なのかもしれない。
 今後は、とりあえず石垣島をめざして南下し、そこでホテルを買い取って暮らすつもりだという。しかし、それもミコちゃんの容態しだいだ。よって先の予定は、ほとんど白紙であるということだった。

■幻のシマへの道

 南西諸島の南端、波照間島に、こんな幻島伝説がある。あるとき飢餓に悩まされた島びとたちが、ユートピアと語り継がれる南波照間(ハイパロディーマ)へ渡ろうと、みんなで船に乗り込んだ
 その時、一人の女が家に鍋を忘れたことを思い出し、取りに帰った。そして、浜に戻ってみると舟かげはすでになく、青い海原がどこまでも広がっているだけだった。
 私は、この短い伝説の中に、人々への原郷への想いを見る。切羽詰ったとき幻視するのが海坂の向こうにあるというシマ。命の源であり、還っていくところ。
 「ボーII世号」の優雅な姿と白帆が、水平線の彼方に消えてから、もう二十数年近くとなる。だから、細かいところは、間違っているかもしれない。でも、そのときの様子と感動は深く胸に刻み込まれ、すでに自分だけの神話と化している。
 そして、ことあるごとに、古い映画のシーンのように何度も何度も脳裏に甦る。なぜそこまで心に引っかかっているのか…。
 思索家マルチン・ブーバーは、人が孤独を感じるとき、周囲の人との関係が「私とそれ」になっているという。つまり、相手を自分と同じようにしたい、自分のペースに巻き込みたい、自分の影響下に置きたいという強い願望があり、それが満たされないために、さびしさを味わう。
 そのとき、周囲の人は「それ」という対象物でしかない。ふつう人は、大半の時間をこの状態で過ごす。「私とあなた」の関係にあることは、ほとんどない。
 おそらくW氏夫妻そして私も、純粋に命として存在するミコちゃんを通し、感覚レベルで、この問題と直面させられたのであろう。私はうろたえるばかりであったが、夫妻は、そこからブーバーのいう「私とあなた=真実の関係」を築き直した。そして、これまでの人生をリセットし、新たな道を歩むため、幻のシマへ向かって帆を揚げた。

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榊原洋史
アサギマダラの見た夢

著者プロフィール
榊原 洋史 (さかきばら ひろし)

1955年生まれ。愛知県新城市出身。国学院大学文学部卒業。同大学院中退。大学院の途中で「南西諸島の神観念」をテーマにしたフィールドワークを志し、奄美諸島のひとつ徳之島に渡り、4年間を過ごす。次の2年間は沖縄本島で生活。その後故郷の愛知県に戻り約10年間、学習塾で子供達と接してきた。その後、心理学と経営学を学び、5年間の社員教育会社勤務を経て独立。現在経営コンサルタント、心理カウンセラーなど。
著書に『ひとりぼっちじゃないよ〜まなざしの島「ネィラ」をめぐる物語〜』がある。




先田光演
沖永良部民俗学