■榊原洋史 【アサギマダラの見た夢】
―回想録、奄美・沖縄への思いと軌跡―
vol.8 いまを生きるということ-I
■映画「晩秋」から感じたもの
50歳の坂を越えた。様々な問題はあるにしても、とくに不満なく生活しているし、願っていたことも周囲の人々のおかげで、しだいに実現しつつある。いちおう順調な人生を歩んでいるといってもよいだろう。
だが、握り締めた手の指の間から、さらさらと砂がこぼれていくような不確かさと、焦りが、身の内にこびりついていて、ぬぎいきれない。
スピルバーグ総指揮の映画『晩秋』を見た。
物語は、実直な人生を歩んできた老父と、やり手ビジネスマンの息子を軸に展開する。78歳のジェイクは、工員として堅実に、そして、平凡な人生を送ってきた。
妻は、働き者で、しまり屋でもある。ジェイクが朝起きると、着るものはすべて順番どおり並べてあり、洗面台にはタオルと歯ブラシが、すぐ使える状態で待っている。
何から何まで、そんな調子だった。
あるとき、その老妻が、心臓発作で倒れた。そして、息子のジョンが駆けつけてきた。ジョンは、母が入院中の間、父親の面倒をみることになる。
そして、父に家事のしかたを特訓する。洗濯や掃除を一緒にし、ときには街へ遊びに行く。また、期限の切れた車の免許を再受験させたりもした。なんとか元気を取り戻して欲しかったからだ。
そうしているうちに、今度は、ジェイクが癌(がん)におかされていることがわかった。医師から、それを告げられたジェイクは、死の恐怖からくるショックのため、昏睡状態となる。
ジョンは、ずっと付き添って看病する。そのためか、やがて昏睡から覚め、癌も奇跡的に治癒していた。家族は、みんな喜んだ。
だが、覚醒したジェイクには、奇妙な変化が起こっていた。とても明るく精力的になっていたのだ。息子のジョンは喜んだのだが、長年連れ添った妻は、突然、陽気な性格になってしまった夫をみて、落ち着きを失ってしまった。
また、「自分たちの農場へ帰ろう」などと口走るのを聞いて、気が狂ったと思い、ジョンに訴えた。
ジョンは、一見どういうこともない父なので、取り合わなかったのだが、念のため精神分析医のところへ連れて行った。
すると、意外なことがわかった。ジェイクは、ここ20年あまり、現実の世界とは別に空想の世界に住んでいたのだ。
変化に乏しく、妻にすべてを管理されている現実の生活の息苦しさから逃れるため、空想の中で自分の理想とする家族をつくりあげていたのだ。
そこは農場で、一家の主人である自分とやさしい妻、そして、4人の子供たちが、心豊かに暮らしているのだった。
苦しかったり、さびしかったりすると、その世界に入り、自分をなぐさめるのである。しかし、現実と混同することはないので、誰にもさとられることはなかった。
病気を機会に、その障壁が崩れてしまったのだ。あるいは意図的に崩したのかもしれない。ジェイクは、空想の中の自分のキャラクターで現実を積極的に行き始めた。
これまでの空しい人生を穴埋めするかのように……。
だが、妻は耐えられなかった。ついジェイクを傷つけるセリフを吐いてしまう。
それを聞いて、さびしそうに温室へ入るジェイク。はっとして後を追いかけ、謝る妻。
ジェイクは、そんな妻をいたわりながら、
「人生の秋をむかえ、残された時間を有意義に生きたいんだ」
と、語る。
死という言葉に抵抗を示す老妻に、さらに語りかける。
「死ぬことは罪じゃあない。生きないことが罪なのだ」
ふたりは昔のように、そっと抱き合い、ゆっくりとダンスする。
その後、すぐに癌が再発した。
しかし、今度は自ら意思に正直に話してくれるように頼み、告知を冷静に受け取った。
こうした過程で、ジョンも変わっていった。
それまで、男は外でばりばり働くことだけが役目だと信じ、家庭のことを顧みなかった結果、妻と離婚するはめとなった自分をふりかえった。そして、大学生の息子と真正面から向き合い、今の自分の気持ちを伝えた。
それまで、たまに会っても正直な気持ちで話し合ったりすることはなかったのだ。そして、父として言っておきたいことがあるといい、静かに語りかける。「許すということが大切なんだ」と……。
会社の整理屋のような非情さが必要とされる仕事をしてきたジョンである。きっと他人だけでなく自分に対しても「ゆるさない」人生を送ってきたにちがいない。その彼が「ゆるし」を口にした。
やがて、ジェイクは死に、みんなそれぞれの生活の場所へ戻っていく。別れの挨拶をかわす老母の頭には、若い頃のジェイクが好んでかぶっていた野球帽があった。
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